ガイナーレ鳥取
(ガイナーレ鳥取)


チームデータ

※紹介コメントは2008年シーズン版のものです

発足 1983年 通算成績 104勝68分135敗(勝率.435)
JFL在籍年数 10年 最高順位 優勝(2010年)
チーム所在地 鳥取県米子市 通算得失点 451-511
主ホーム会場 どらやきドラマチックパーク米子東山陸上競技場(米子東山)
通算観客動員 273418人(153試合/平均1787人)
紹介コメント
 1983年、鳥取教員として発足。1987年に中国リーグへ昇格するが、下位に低迷し、わずか2年で再び鳥取県リーグへ降格してしまう。降格した1989年、チーム名をSC鳥取に変更し、教員以外も参加する社会人チームとして再出発する。
 その後、1991年〜1994年、さらに1998年、1999年と中国リーグに在籍するが、この間Bクラスから抜け出すことはなかった。
 しかし、中国リーグ復帰3年目の2000年、多くの新戦力が力を発揮し、初のAクラスどころか優勝を飾る。迎えた地域リーグ決勝大会でも1次ラウンドを突破して4位に入る快進撃を見せ、推薦を受けて一気にJFL参入を果たした。
 JFL初年度となった2001年は他チームに全く歯が立たず、大量失点を重ね、30試合で90失点、26敗。勝点8という、当時のシーズン最低勝点記録を作ってしまう。 しかし一方、地元・米子での初めての試合に2000人以上の観衆を集めるなど、年間の観客動員では2位となり、地域に愛されるチームとして特別賞の栄誉に浴した。
 2002年も低迷を続け、降格の危機感が走ったが、終盤戦で盛り返し、特に最終戦の前の2試合で残留権を争うアルエット熊本・ジヤトコに連勝したのが利いて自力で残留権を確保。 2003年はさらに進化し、連続7戦無敗、白星先行と、JFLへ参入して初めての好記録を生み出した。ところが2004年以降、14位、12位、11位と再び低迷。
 そんな中でJリーグ入りへの機運が盛り上がり、2007年にはJリーグ準加盟を果たしてプロチーム・ガイナーレ鳥取として再出発を切ったものの、2003年と同じ10勝にとどまり14位。2008年、クラブの本拠を鳥取市に一本化し、Jクラブなどからの選手補強と集中して練習できる環境の整備でJリーグ入りへ邁進する。
 2006年のFC刈谷の登場までは、JFLで唯一のNPO法人が運営するチームであった。(その後鳥取は2007年に株式会社に移行している。)

JFLでの歴史

2001年、JFL参入(前年度地域リーグ決勝大会4位、申請により中国リーグから昇格)
正式名称「SC鳥取」
略称「SC鳥取」

成績 出来事
2001年 2勝2分26敗、勝点8(16位) 奨励賞受賞
特別賞受賞
MF塚野が敢闘賞受賞
2002年 4勝3分10敗、勝点15(13位)
2003年 10勝7分13敗、勝点37(10位)
2004年 5勝7分18敗、勝点22(14位)
2005年 9勝6分15敗、勝点33(12位)
2006年 7勝15分12敗、勝点36(11位) GK清水が敢闘賞受賞
2007年 10勝9分15敗、勝点39(14位) 正式名称「ガイナーレ鳥取」に
略称「ガイナーレ鳥取」に
2008年 17勝6分11敗、勝点57(5位)
2009年 16勝8分10敗、勝点56(5位) MF吉野がベストイレブン受賞
2010年 24勝5分5敗、勝点77(優勝) MF服部がMVP獲得
松田監督が最優秀監督賞受賞
MF実信が敢闘賞受賞
GK小針、DF喜多、MF服部、MF美尾がベストイレブン受賞

JFL脱退(Jリーグ2部へ参入)
2011年よりJリーグ2部に参戦


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