佐川急便株式会社大阪サッカークラブ
(佐川急便大阪SC)


チームデータ

※紹介コメントは2005年シーズン版のものです

発足 1965年 通算成績 67勝29分45敗(勝率.598)
JFL在籍年数 5年 最高順位 3位(2006年)
チーム所在地 大阪市此花区 通算得失点 223-157
主ホーム会場 長居第2陸上競技場(長居第2)
通算観客動員 43319人(70試合/平均619人)
紹介コメント
1965年に北摂蹴鞠団として発足し、1978年に大阪府リーグに加盟。1989年より学生中心の「体大蹴鞠団」としてユニークな活動を続けていたが、関西リーグ在籍中の1997年に、上を目指すチーム・佐川急便SCとして生まれ変わる。
翌1998年には関西リーグを制し、地域リーグ決勝大会にコマを進めるも1次リーグ敗退。チーム名を現在の佐川急便大阪SCと改めた1999年、さらに2000年と、続けて決勝大会に進むも、毎年1次敗退。
しかし、関西リーグ2連覇の実績を引っさげて決勝大会に臨んだ2001年、3連勝でついに1次リーグを突破すると、決勝ラウンドでも初戦の黒星から這い上がり見事に優勝、悲願のJFL昇格を果たした。
初年度の2002年は中盤戦まで12試合で2勝と苦しみ、再び関西リーグへ戻る危機に立たされたが、終盤の5試合を4勝1分で終え大逆転でAクラス入り。 特に首位・Honda FCを敵地で3-1で撃破した試合はJFLファンを驚かせ、さらに第16節では、残り2試合を連勝すれば初優勝間違いなしという状態だった佐川急便東京SCを相手に、2点差を追いついて引き分け、首位からひきずり下ろして優勝の夢を打ち砕き、大きな存在感を見せつけた。
2003年も序盤で負けが込んだものの、6月から調子を上げ、特に後期開始直後には前期の上位4チームを続けざまに倒すなどして8連勝、連続15戦無敗の快記録を作り、最終順位でも4位と大躍進。 しかし、JFLベストイレブンにも選ばれたFW横山の引退が尾を引いたか、2004年は序盤でつまずき、初めてBクラスに後退した。今年はもちろんAクラス復帰を最低目標に掲げてくるだろう。 また、天皇杯大阪府予選でも不振が続いており、こちらでも今年は本戦に出場したいところ。
佐川急便東京SCと同じ企業のチームであるため、共闘しているのでは?と疑われるフシもあるが、共闘どころか実際には、互いに絶対負けたくない相手として認識しているようである。 前述の2002年のエピソードもあるし、さらに2003年には、初めての大阪ホームでの直接対決を長居で行った際に大阪支社が大動員をかけ、4123人もの大観衆を集めたという事実がある。
どういうわけか、強豪・Hondaに対して、2003年までリーグ戦で3戦3勝と相性が良かった。

JFLでの歴史

2002年、JFL参入(前年度地域リーグ決勝大会1位、関西リーグから昇格)
正式名称「佐川急便株式会社大阪サッカークラブ」
略称「佐川急便大阪SC」

成績 出来事
2002年 6勝6分5敗、勝点24(9位)
2003年 16勝6分8敗、勝点54(4位) FW横山がベストイレブン受賞
2004年 9勝8分13敗、勝点35(11位)
2005年 13勝6分11敗、勝点45(10位) FW大坪が得点王獲得
FW大坪がベストイレブン受賞
2006年 23勝3分8敗、勝点72(3位) MF嶋田、FW御給がベストイレブン受賞

JFL脱退(佐川急便東京SCと統合)
統合後の佐川急便SCがJFL参戦権を継承


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