横河武蔵野フットボールクラブ
(横河武蔵野FC)


チームデータ

※通算成績・通算得失点・通算観客動員は2012年終了時のデータです
※紹介コメントは2008年シーズン版のものです

発足 1939年 通算成績 157勝86分175敗(勝率.473)
JFL在籍年数 15年目 最高順位 2位(2009年)
チーム所在地 東京都武蔵野市 通算得失点 516-584
主ホーム会場 武蔵野陸上競技場(武蔵野)
通算観客動員 142481人(210試合/平均678人)
紹介コメント
 1939年、横河電機の同好会として創部。JFLの中では最古のチームで、現在のJクラブの中でもこれより長い歴史を誇るチームは少ない。 長らく東京都リーグで活動しており、強化が始まったのは2度の関東リーグ昇格と降格を味わった後の1991年。 1993年に3度目の関東リーグ昇格を果たし、以後1994年、1995年、1997年と地域リーグ決勝大会へ臨んだが、いずれも次点の3位に終わりJFLへの昇格を逃してしまう。
 結局旧JFLへの昇格はならなかったが、1999年の新JFL発足に合わせ、申請によりJFLに昇格することに。そしてその直前の1998年、関東リーグ連覇を果たすと、地域リーグ決勝大会でもついに優勝し、実力という裏づけを得て堂々の昇格を果たした。
 初年度の1999年は好調なスタートを切ったものの、中盤で崩れて9チーム中の8位。さらに2000年は最下位と、JFLの厚い壁を感じながらのプレーが続いたが、2001年、開幕2連敗の後突如6連勝の快進撃を見せ、堂々の7位に食い込んだ。さらに2002年にはシーズンを通して接戦に強さを発揮し、初の勝ち越しで再び7位。
 この年のオフに体制変更があり、翌2003年、横河電機から独立したクラブチームとして、名称も改めて再出発したが、攻撃陣の戦力低下が否めず、またクラブチーム化に伴う対応に追われて強化がままならず、再び下位を低迷し残留争いに身を投じることに。 翌2004年も2年連続の13位と低迷したが、走れるチームへの変化と練習グランドの人工芝化が功を奏して成績は向上し、2005年以降、9位、6位、7位と、上位争いの一角を占めるようになっている。
 オールアマチュアの姿勢を崩さず、平日は夜練習が基本という、現在のJFLでは少なくなった形態をとるため、2006年以降、活躍した選手が相次いで他クラブでプロ契約を勝ち取り移籍しているが、それでも上位のクラブとして確かな地位を築いている。
 1990年代前半から、地元でサッカースクールを展開し、幼児から高校生までという、Jリーグクラブに劣らない下部組織を誇っている。ユースチームがJユースカップ決勝トーナメントに出場するなど、実力も折り紙つきで、実際にOBからはJリーガーも誕生している。
 また、クラブチーム化に伴い、2003年から運営にボランティアスタッフを本格的に採用。ファンや、運営に興味を持つ人など、様々な立場の人が集まり、クラブを支える存在を超え、クラブの一員として、試合時を中心に活動を展開している。

JFLでの歴史

1999年、JFL参入(申請により関東リーグから昇格)
正式名称「横河電機サッカー部」
略称「横河電機」

成績 出来事
1999年 7勝17敗、勝点20(8位)
2000年 2勝3分17敗、勝点9(12位) 略称「横河FC」に
2001年 12勝5分13敗、勝点41(7位)
2002年 8勝4分5敗、勝点28(7位) 略称「横河電機」に
努力賞受賞
2003年 9勝2分19敗、勝点29(13位) 正式名称「横河武蔵野フットボールクラブ」に
略称「横河武蔵野FC」に
2004年 8勝8分14敗、勝点32(13位)
2005年 14勝6分10敗、勝点48(9位)
2006年 17勝9分8敗、勝点60(6位)
2007年 16勝6分12敗、勝点54(7位)
2008年 15勝9分10敗、勝点54(7位)
2009年 17勝9分8敗、勝点60(2位) DF金守、MF太田がベストイレブン受賞
2010年 12勝8分14敗、勝点44(12位)
2011年 9勝9分15敗、勝点36(15位)
2012年 11勝8分13敗、勝点41(10位)


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