愛媛FC
(愛媛FC)


チームデータ

※紹介コメントは2005年シーズン版のものです

発足 1970年 通算成績 69勝25分43敗(勝率.616)
JFL在籍年数 5年 最高順位 優勝(2005年)
チーム所在地 愛媛県松山市 通算得失点 230-168
主ホーム会場 愛媛県総合運動公園陸上競技場(愛媛(陸))
通算観客動員 114764人(68試合/平均1688人)
紹介コメント
1970年に松山サッカークラブとして発足。1987年に四国リーグに昇格。中位をうろうろするチームだったが、1995年に運営が株式会社化され、翌年から現名称で活動を始める。
JFL昇格を目指して強化を始めた1998年には初めて四国リーグを制し、地域リーグ決勝大会でも3位に食い込む躍進ぶりで、早期のJFL入りが期待されたが、四国リーグ2連覇で迎えた1999年の決勝大会では1次リーグでYKKに敗れ昇格ならず。 翌2000年も四国リーグでは優勝したが決勝大会では2連敗で1次リーグ敗退。しかし、社会人連盟の推薦を得て、2001年からJFL参入となった。
2001年はさすがに他クラブとの力の差を見せつけられる試合が多かったものの、大量補強を行った2002年、補強選手がなじんだ中盤戦以降で盛り返し6位を獲得。 一気に四国初のJリーグ参入をねらった2003年は序盤戦でつまづいたものの、下位相手に確実に白星を重ね、Jへの夢がふくらんだ。結局、スタジアム等の問題からJ参入申請は見送ったものの、終わってみれば3位と成績面では躍進。
スタジアム問題にもめどがついた2004年、J参入申請も行ったが、成績が伸び悩み、早々と他の申請チームに大差をつけられることに。Jクラブからの期限付き選手獲得で5位まで盛り返したものの、不足は否めず、さらに会社の運営体制の問題も指摘されてJ参入は見送られた。
2005年はプロ契約選手を増やして練習回数を増やし、本気で2006年からのJ参入を勝ち取りにいく。ボランティアが積極的に運営に関わるなど、手作りの運営がとても温かいクラブではあるのだが、このこととプロを目指すこととの折り合いをつけることも大きな作業になりそうだ。
育成組織も充実しており、特にユースチームはJクラブのユースと同等に戦える実力派。

JFLでの歴史

2001年、JFL参入(前年度地域リーグ決勝大会参加、推薦により四国リーグから昇格)
正式名称「愛媛FC」
略称「愛媛FC」

成績 出来事
2001年 9勝6分15敗、勝点33(12位) DF大西が敢闘賞受賞
2002年 8勝4分5敗、勝点28(6位) 特別賞受賞
MF西川が敢闘賞受賞
2003年 17勝5分8敗、勝点56(3位) 奨励賞受賞
MF濱岡、FW友近がベストイレブン受賞
2004年 14勝7分9敗、勝点49(5位)
2005年 21勝3分6敗、勝点66(優勝) MF濱岡がMVP獲得
望月監督が最優秀監督賞受賞
FW友近が敢闘賞受賞
ベストサポーター賞受賞
GK羽田、DF金守、MF濱岡がベストイレブン受賞

JFL脱退(Jリーグ2部へ参入)
2006年よりJリーグ2部に参戦


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