アルテ高崎
(アルテ高崎)


チームデータ

※紹介コメントは2009年シーズン版のものです

発足 1996年 通算成績 67勝55分141敗(勝率.322)
JFL在籍年数 8年 最高順位 8位(2004、2005年)
チーム所在地 群馬県高崎市 通算得失点 295-479
主ホーム会場 高崎市浜川運動公園陸上競技場(高崎浜川)
通算観客動員 62497人(132試合/平均473人)
紹介コメント
 1996年、マッキーFC関東として発足。2000年、学校法人堀越学園が母体となって、群馬FCフォルトナの名称で群馬県2部から再出発、その年天皇杯初出場を果たす。 リーグでも群馬県2部、1部をともに全勝優勝で1年で通過、2002年に関東リーグに昇格。同時に群馬FCホリコシに改名し、その年の天皇杯ではJ2山形から金星を挙げた。
 2003年、関東1部で優勝すると、初の出場となった地域リーグ決勝大会でも準優勝、勢いに乗ってFC京都1993との入替戦も2連勝で制し、JFL昇格を果たした。
 昇格初年度となった2004年、開幕2連勝を果たし、一躍台風の目に。スタミナ豊富な攻撃陣と速いパス回しで魅力的なサッカーを展開、中盤戦で失速したものの堂々のAクラス入りとなり、天皇杯でもJ1柏を破る金星を挙げた。 一方で2005年からのJリーグ参入を掲げていたものの、具体的な準備がほとんどなく、こちらは申請断念。
 J参入に向けては2005年、Jリーガーを中心に大量の選手を補強し、また先にJ参入を果たしたザスパ草津との差別化を図って高崎地域に密着する姿勢も打ち出し、廃止となる高崎競馬場の跡地をスタジアムにする計画も打ち出して実現に向けて動き出し、 さらに2005年の暫定的な改称を経て2006年に高崎の文字を含めた今のチーム名に改称したものの、同年途中にプロ契約選手との契約を打ち切って以降成績が低迷。 2007年はシーズン1勝、2008年はシーズン107失点と、ともにJFLのワースト記録を塗り替えてしまうなど、他チームのJ参入による降格枠の消滅に救われてJFL残留を続けている状況である。
 2009年は当然、低迷からの脱出が必須となる。一方で下部組織の活動展開やチームの普及は着実に進んでおり、高崎のクラブとして再び飛躍する可能性も秘めている。
 チーム名の「アルテ」は公募で決まったものであり、ポルトガル語の単語"Arte"(芸術的)やギリシャ神話の狩りの女神アルテミスに由来する。

JFLでの歴史

2004年、JFL参入(前年度地域リーグ決勝大会2位、入替戦でFC京都1993に勝利し関東リーグから昇格)
正式名称「群馬FCホリコシ」
略称「群馬FCホリコシ」

成績 出来事
2004年 11勝8分11敗、勝点41(8位)
2005年 15勝3分12敗、勝点48(8位) 正式名称「FCホリコシ」に
略称「FCホリコシ」に
2006年 10勝7分17敗、勝点37(10位) 正式名称「アルテ高崎」に
略称「アルテ高崎」に
2007年 1勝4分29敗、勝点7(18位)
2008年 5勝5分24敗、勝点20(17位)
2009年 9勝13分12敗、勝点40(14位)
2010年 7勝8分19敗、勝点29(17位) 入替戦出場、三洋電機洲本に勝利し残留
2011年 9勝7分17敗、勝点34(16位)

JFL脱退(活動継続困難のため自主脱退、活動休止)


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