過去の営業日誌
(2004年4月)


2004/4/30(金)23:11「決まり!」
 さて、スタジアム冒頭でも掲載しておりますが、26日に就職活動を終了することができました。
 いやぁ…素直にうれしい。
 結局第一志望には行けなかったけど、好きなものに囲まれて生きていける生き方ができる場所を手に入れられました。
 そんな生き方が私には似合っているのかもね。
 ということで、来春からはC社(4/10の日誌参照)の社員です。

 ほんとに、C社以外の社では、いいところまでいくことすら全くできず、大丈夫なのか?と不安に駆られた時期もありましたが。
 でも、そんな中で見えた、自分のやりたいこと、行きたい道。
 C社だけ、いいところまでいくどころか、結局内内定にまでつながったわけなんですけど、これも神のお導きってやつなんですかね。
 決まった以上、頑張って、楽しんで働ければいいな、と思っています。

 私がこの分野に革命を起こす、ってくらいの勢いでね。
 …いや、そんなのほとんど無理なんですけど。
 でも、夢見るくらい、いいじゃないすか。
 夢見ていれば、何かできるかもしれないっすよ?
2004/4/28(水)0:51「スポーツ三昧」
 連休中にスタジアムで生観戦する予定のスポーツを列挙してみます。  1週間で3回というのも初めてなような気もしますが、特に柔道生観戦は初めてなので、楽しみにしています。
2004/4/25(日)13:46ボランティア日記Vol.2 「Road to JFL」
 昨日は3週間ぶりの横河武蔵野ホームゲーム。
 ということで、またまたボランティア日記を書いてみようと思います。

 この日の集合は9時半。
 前回より1時間遅くなりました。
 それでも8時前には家を出ないと間に合わない私ですが、7時前と8時前ではやっぱり全然違います。
 これからもこのぐらいであればいいなぁ、と。

 今回の会場も前回同様アミノバイタルフィールド。
 気温はちょっと低めで北風が冷たかったものの、天気はいたって良好。
 前回よりはずっとやりやすかったですよ。

 打ち合わせの後、まずはテント張り。
 入場門の分はすでに業者の方があらかた済ませていたし、雨ではなかったのでベンチにテントを張る必要はなく、したがって組み立てたのはバックスタンドの役員・記録席の分だけ。
 ずいぶん楽に済みました。
 その後は広告バナー掲示。
 この辺の作業は、スタジアムの構造によっていろいろ工夫しないといけない面があるのですが、3週間前の経験が生きて今回はスムーズに進みました。
 ただ、私の勘違いで、バナー同士の間隔のバランスが悪くなってしまいました。
 うむ、失敗。

 次にやったのは、入場門の作業の引き継ぎ。
 スタッフデビュー以来ほとんど入場門で仕事をしてきた私ですが、今回は観戦記担当になり、そのため前回やった後援会員応接の仕事を今回の担当者に教えることに。
 まぁ、むずかしいことをやる仕事ではありませんが。
 でも、とにかく、お客様対応の最前線に立つので、しっかりサービスしてください、と伝えました。
 実際、このセクションはうまく動いていたようなので、引き継ぎうまくいってよかった、とほっとしております。

 その後は、今回の私の仕事についてレクチャーを受けてきました。
 要は、試合を観戦して、観戦記をパソコンで書け、という仕事。
 過去の文例なども見て、感じをつかんで。
 そうこうしているうちに11時になったので、お弁当をいただきました。
 開門は11時30分。
 だから、ちょっと早いんですが、このぐらいの時間に食べておかないといけないわけです。

 この日は前座でジュニア(小学生)の練習・試合があったので、開門時にはその家族の方々がずらり。
 だから、入場門は、最初の5分くらいがまず大仕事なんですよね。
 私も、試合前は自分の本来の仕事は皆無なので、何かあったときのために、と思って入場門についていました。
 売店が忙しそうなときは売店に行ったり。
 そのへんをうろうろとして過ごしていたしだいです。
 もちろん、いろんなスタッフの方々と話をしながら、ですけど。
 ここはこうした方がいい、とか。
 後援会対応など、1つの仕事に縛られるよりは、こういう、困ったときに飛んで行く救急車的役割の方が、私には性に合っているかもしれません。

 で、試合が始まってからは、スタンドで記録書き。
 ただ、その前に、記録用具を受け取っておくのを忘れて、別のスタッフの方に届けに来てもらうはめに…。
 私の見通しが甘かったです。すみません。

 ホームゲームを90分フルで観戦したのは、スタッフになってからは初めて。
 楽しかったです…前半は。
 試合内容としては、前半はよかったものの、後半は全くボールに食らいつけず、カウンターからピンチを招くこと招くこと。
 前半2-0のリードを守り切れず逆転負けとなりました。

 終わってからはしばらく売店に立った後、本部へ帰って、あとはひたすら作文。
 帰途についたのは4時過ぎだったでしょうかね。

 今回、天気もよかったので、観衆は684人。
 けっこう次々と入るなぁ、と思っていたら、やっぱりそのぐらいいたんですね。
 私がスタッフになった昨年以降では、昨年の愛媛戦(777人)に次ぐ2番目の多さ。
 そして、出場停止の田上選手が売店に立ったり、試合終了直後にミックスゾーンを儲けたり、新たな企画を次々と打ち出し、より親しまれるクラブを目指す努力が形になって見えるようになってきました。

 しかし結果は大逆転負け。
 私、試合終了直後は相当荒れてました。
 悔しくて悔しくて…。
 スタンドも最後の方では静まり返って、まさに一同呆然という言葉がぴったりの状況でした。

 せっかく少しずつ進化を遂げようとしているのに、成績がついてこないではどうしようもありません。
 正直、がっかりです。
 今日など、結果だけなら2-3の"惜敗"と言えるのでしょうが、はっきり言って、絶望以外の何も出て来ない試合でした。
 前半は確かにいい試合だった。
 だけど、それでもリードを守れない、勝てないということは、「前半はよかった」ではなく「だめな試合をした」としか言えないわけです。
 前半にいい試合をした、ということは自信にはなれないのです。

 ルーズボールなど、アローズの選手より横河武蔵野の選手の方がボールの近くにいるにもかかわらず、結果としてそのボールをさらうのはアローズの選手だったりする、という場面が実に多く見られました。
 確かに後半も、ボールの支配率では相手を上回っていたように思いますが、でも大きなチャンスの数では圧倒的に負けていました。
 ボールを簡単に前線へ運ばれては、どうしようもないですよね。
 しっかりゴール前を固めて守り、ボールを奪ったら大きく出してカウンター。
 単純なアローズの戦法に、まんまとはまってしまいました。

 私はこの試合を見て、やっと現実を認識できました。
 このチームは、上位を狙うべきチームではない。
 開幕前、よい補強をし、今年は上位に行けるか?と期待もしていました。
 この日の試合だって、2-0でハーフタイムを迎えた時点で、今日は大丈夫、という慢心もありました。
 だけど、そんなことを思っていてはいけなかったんですね。
 このチームの現実を、はっきりと見ることができました。

 そこで思うに。
 目標とすべきは、来年もJFLに留まること。
 それぐらいしかない、と思います。
 "Road to JFL"。
 残り25試合、こんな目標に向かってすら、道は険しいと思う。
 だけど…しょうがない。現実なんだから。
 確かに初戦のHonda戦以外は全て1点差で、どうしようもない大敗はない。
 あと一歩…という試合ばかり。
 でも、そのあと一歩が詰め切れないということは、やっぱり弱いということなんですよ。

 こんなに酷評しているけど、それでも私はこのクラブを見捨てる気はありません。
 それは、このクラブの姿勢…少しずつ、みんなの力を合わせて進化して行こうという姿勢が好きだからです。
 私は、このクラブを支える人間ではなく、クラブの一員である、というつもりで、運営に臨んでいます。
 それを許してくれるクラブの姿勢。
 一緒に上を目指して進んでいける環境。
 それが大好きなんです。

 だからこそ、進化への道を実力不足という形で閉ざされたくはない。
 何としても、JFLの座を死守してほしい。
 それ以上の願いは、しばらく封印することにします。
 だから、それだけでいいから、何としても、勝ち取ってほしい。

 "Road to JFL"。
 ホームゲームは、残り13試合。
 私は、そんな意識で戦いに臨むことにします。
2004/4/22(木)23:22「修業中」
 最近、仕事のちょっとした合間に、修業をするようになりました。
 何の?
 スタジアムDJのです。
 いや、いつ役に立つのか、そもそもいつか役に立つのかどうかすらわからないのですが。
 でも、やってみな、と言われたときにすぐにやれるようでないと、何でも屋は務まりませんから。
 特に選手名コールなんかは、気をつけないと気合が空振りするということがわかりまして、それだけでも十分な収穫かと。

 幸いにして、大学の中に、人目につかず防音もしっかりしている、練習にはうってつけのスペースがあるもので、ストレス発散も兼ねてやっております。
 大入りのスタジアムでDJができたら…最高ですね。
 そんな日が来るのかどうかわかりませんが、何となく夢見て生きている今日この頃です。

 今日はPCをいじっていて、誤ってマイコンピュータの中からマイドキュメントを消してしまいました。
 ひょええ。
 レジストリを書き換えればどうにかなる、ということをネットで調べて何とか解決。
 別にデータ損傷があったわけじゃないから、実害はないとはいえ、やっぱ気持ち悪いですもんね。
2004/4/22(木)0:25「Final Fight(懐!)」
 そういやそんなゲームがあったなぁ、と思う今日この頃。
 スーパーファミコン初期の頃だったと思うのですが。
 13年くらい前かな?

 …っていうことじゃなくって。
 C社(4/10の日誌参照)から昨日、3次試験合格のお知らせが来ました。
 ってことは、来週月曜の最終面接に進めるわけです。
 現時点で第一志望なので、合格すれば他社の選考は棄権して、C社に行く気でおります。
 他社といっても、A社には落ちたので、B社(1次は通過しました)しか「持ち駒」はないわけですが。

 最終面接がどのくらいの意義を持っているものなのか(最終確認程度なのか、けっこう絞るのか)わかりませんが、まさに人生を左右するファイナル・ファイト。
 気合入れて、でも気負わずに落ち着いて、臨もうと思っております。

 最終結果がいつ出るのかはわかりませんが、発表されしだい、また報告しますね。
2004/4/14(水)22:59ボランティア日記Vol.1 「こちら飛田給、気温…6度。」
 今年こそはしっかりボランティア日記をつけよう…と思いつつ、しっかり忘れていた新右衛門です。
 っていうか、それどころでなかったというのもありますが。
 ちょっと一段落したので、では、書いてみましょうか、と。

 4月4日。
 いよいよ、今シーズンのホーム開幕戦。
 前期第2節、相手は昨年優勝の大塚製薬。
 思えば、昨年の大塚製薬戦も4月(20日)、場所も同じ飛田給。
 そんでもって同様に…雨。
 しかも、昨年はメイングラウンドの味の素スタジアムで、今回はサブグラウンドのアミノバイタルフィールド。
 屋根がない。
 天気予報、外れろ!と思いながら出かけたんですけど、やっぱ無理でした。

 この日の集合は午前8時半。
 正直、かなりきついっす。
 13時開始のときは、だいたい9時半集合が多かったように思うのですけど。
 まぁ、シーズンの始まりの一戦で、新加入のスタッフの方もいらっしゃるし、システムがいくらか変わっている面もあるし、しょうがないかな、と。
 …だけど、家が遠い私にとっては、やっぱりきつい。
 7時に電車に乗らなければならなかったのに、寝坊して7時に家を出てしまい、結果、ちょっと遅刻しました。
 スタッフの皆様、申し訳ありませんでした。

 会場入りした時は、雨はそれほどでもなかったけれど、風が冷たかった…。
 そんな中でまずやったことは、テント張り。
 雨ということで、ベンチ、マッチコミッショナー席、記録席にテントを張らねばなりません。
 でも、私は組み立て方がよくわからず、あまり戦力になれなかったかな…。
 特に、バックスタンドのコミッショナー・記録席用テント。
 作り方を知っていれば割と簡単にできるお手軽テントなんですけど、知らなかったのでわけわかめ。

 次にやったことは、広告等のバナーの張り出し。
 って、いつもは陸上のハードルを持ち出してきて、それに縛り付ける形をとるのですが、あいにくアミノには陸上トラックはなく、したがってハードルなんてありません。
 しょうがないので、バックスタンドの一番前の骨組み(スタンド、仮設なんです)に縛り付けることに。
 と、そうこうしているうちに、ここでも予期せぬ事態が発生してしまいました。
 旗の掲揚台が…ない!
 会場にいらしたことのある方はおわかりだと思いますけど、試合時は、フェアプレー旗、JFL旗、そして両チーム旗の合計4枚を掲揚しなければなりません。
 ところが、あったはずの掲揚ポールがなくなっていたんですね。
 ってことで、やむなくバックスタンドの中央の一番前から垂らす形で張ろうとしたのですが、そうすると今度はバナーが一部隠れてしまう、という事態に。
 バナーもスタンドの骨組みに縛り付けてある以上、簡単に移動などできないので、もしこれ全部外して移動、なんてことになったら…と、内心びくびくものでした。
 解決する前にその場を離れて、本来の仕事場である入場門へ行ったので、結末は知らないんですけど、確か、隠れるのを承知でそのまま張り出してたように思います。

 さて、その入場門で何をしたのか。
 私は入場門スタッフのチーフ?の役についています。
 ってなわけで、スタジアムの業者さんと打ち合わせ、仕事の分担確認などに追われました。
 入場門での仕事をきちんと把握してないと務まらん仕事ですね。
 …だけど、そう考えてみたら、1年前の右も左もわからなかった頃から、ずいぶん進歩したかな、と。
 この日は、後援会員対応という、昨年はなかった仕事が加わったせいもあって、用意しとかなきゃならないものがいっぱい。
 そう、このセクションで何が重要かって、何がどこに必要か、ということに思いをめぐらすことなんですよね。
 お客様とじかに接するセクションだから、何か運営上のミスでお客様をお待たせしてしまうのは非常によくないわけで。
 備えあれば、うれしいな。
 じゃなくて、うれいなし。

 そんなこんなでばたばたしていたら、もう開場の時間が迫っているではありませんか!
 集合から開場まで3時間あったはずですが…。
 雨のせいもあってか、いろんなことに時間を今までより使ってしまったなぁ、というのが正直な感想です。
 いやはや。
 弁当も急いで食べて、所定の位置に着いたのは開場3分前。
 事務局員さん、遅くなってすみませんでした。
 ただ、1つだけ言い訳すると、あの時、足首の古傷がむちゃくちゃ痛んで、走れなかったんです。

 そんでもって、開場からは、私は後援会対応の任務にあたりました。
 後援会員の皆様にチケットを渡す役目、ならびに後援会の新規入会を受け付ける係。
 入場チェック用の紙を手元に用意していたのですが、もう風で飛んだり雨に濡れたりして大変でした。
 チェックのためにメモを書こうとしても手が震えてきれいに書けない始末。
 いやぁ、なんとも。
 でも、特に会員向けチケットの配布という仕事は初めての仕事であったにもかかわらず、思いのほかうまくできたかな、と自負しております。
 実際にチケットを受け取った皆様、いかがでしたか?

 あと、チーフということで、ひまな時間にはチケットもぎりのスタッフさんのところへ行ったり、売店を見てたりしました。
 もぎりには、クラブからは新人のスタッフさんばかりが充てられたのですが、皆さんけっこう楽しんで、積極的に動いてくれたので、私としてはとても楽でした。
 ありがとうございます。
 今後もどんどん参加して、どんどん一緒に楽しんでいきましょう♪

 前半終了間際から急に雨脚が強くなり、後半はさんざんな状況での試合でした。
 観衆は結局350人。
 私のひそかな期待(=1000人超え)には全然及びませんでしたが、それでも、こんな天気の中で、ということを考えれば非常にありがたい話です。
 気温は公式記録によると6度。
 …ほんとに4月か?

 そんなわけで、試合後の撤収の頃にはずぶ濡れになってしまいました。
 試合も負けてしまったし、さんざん。
 終わる頃には頭もうまく働いてなかったように思います。
 それにしても、結局、この時間帯が一番天気の荒れた時間帯だったような。
 どうしてこうも天気の神様はいたずらするかなぁ。

 ま、次回からは、もっとてきぱきと動いて、より気持ちよくお客様を迎え入れたいものであります。
 頑張っていきましょ。

 …と思っていたら、どうも次回(24日アローズ北陸戦)は私は入場門の担当から外れることになりそうです。
 左遷?
 いえいえ、決してそんなわけではありません。
 いろんな仕事を経験して、もっと視野の広いスタッフにならなきゃいけませんし、そうすることで楽しみ方も増えますし。
 入場門は、私が外れても問題なく動きそうですし。
 そんなわけで、これからしばらくは、いろんなところで修行する身分になりそうです。

 ってことで、次回はピッチレベルで仕事をすることになりそうです。
 新右衛門に会いたい方は、どこにいるか、探してみてください。
 アミノバイタルで、僕と握手。
 …別にしたい方なんているわけないですね。
 すんません、調子に乗りすぎました。
2004/4/11(日)3:22「友人」
 イラクのフセイン政権崩壊から、1年が過ぎた。
 つまり、あのフセイン像倒壊は、もう1年も前の出来事なのだ。
 正直、えっ、もうそんなに経ったの?と思う。
 で、何でそういう感覚でいるのか考えるに、遅々として進まない復興、ますます悪化の様相を呈している治安状態のせいではないかと思うのである。

 今、イラクでは3人の日本人が極限状態に置かれている。
 彼らはイラクの人々のことを真に思い、活動を続け、その中で現在、囚われの身となってしまっている。

 「3人はイラクの友人です。」
 政府は、メディアを通じてこんなメッセージを送り、解放を求めようとしている。
 そう、3人はイラクの友人−このことは間違ってはいない。
 ただ、そこで思うのは、では自衛隊はイラクの友人たる存在でいるのかどうか、ということだ。

 言葉のまやかしでも、虚勢でもなんでもなく、心の底から、政府は自衛隊を「人道援助」という形で送り出せたのかどうか。
 自衛隊を真に「イラクの友人」にするために送ったのか。
 そこをあいまいにしたままで、3人の「イラクの友人」の命と「自衛隊は撤退しない」というメンツを天秤にかけるのは、どうしても納得できない。
 たしかに、撤退するということは、脅しに屈することにはなるのだ。
 だけど…、このままあいまいを続けたままでは、3人にはもちろん、イラクで日々汗を流している自衛隊員にもとても失礼だと思う。
 そこまでして貫きたいものって、何だ?

 ネット上では、3人は危険を承知の上でイラクに入ろうとしたのだから、自業自得だ、という声も多いようだ。
 それも理屈としては納得できる。
 だが…、3人は命の危険は感じていたとはいえ、命を捨てに行ったのではない。
 イラクの人々を真に思い、人々のために力になることを求めてイラクに向かったのだ。
 それを「偽善」と切り捨てることなど、できるか?

 「イラクの友人」になること。
 それは、3人が希求し、同時に政府も自衛隊派遣に(建前上かもしれないが)込めた思いのはずである。
 ならば、その思いにあらゆる形で応えることが、政府のなすべきことではないだろうか。
 追い求めるべきは、国際社会でのメンツじゃない。
 「イラクの友人」になること…そうでしょ?

 もうだいぶ夜中だけど、どうしても寝る前にこれだけは書きたかったんです。
2004/4/10(土)18:31「これってピンチ?」
 お久しぶりです。
 実のところ、最近精神的余裕がなく、鬱々と過ごしておる新右衛門です。

 現在、選考が何らかの形で進んでいて、かつ可能性の残っている企業を挙げてみませう。

 A社…1次(筆記)結果待ち
 B社…1次(筆記)結果待ち
 C社…2次通過(選考は4次まで、つまりあと2回)

 …えっ、これだけなんですか?
 そうです、これだけです。
 この業界のほかの会社もいろいろと受けたのですが、ことごとく玉砕しました。
 いやはや、実はピンチなのかもしれません。

 この中で1つでも、内定までこぎつけられればいいんですけどねぇ。
 周りの状況を考えると、C社はけっこういいとこまで来てるのかも?
 あとは、技術職を頑張って調べてみましょ、って感じです。
 比較的多くのことに楽しみを見出して取り組める人間なので、あれがだめでもこれがある、という感じで、その点では救いがあるのかもしれません。

 ピンチ上等。
 まだまだ、頑張るよ。
2004/4/3(土)2:02「もうすぐ…」
 日付上は明日、いよいよホーム開幕戦です。
 …と言いつつ、実は今日(日付上は昨日)、アミノバイタル横を京王線で通過してきました。
 就活のためとはいえ、ちと複雑な気分。


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